小林泰三『安楽探偵』 少し変わった安楽椅子探偵ミステリ レビュー

|つまり、安楽椅子探偵の成否は依頼者の質に依存することになります。

 古今東西のミステリに登場する探偵たちは、各々違った推理のスタイルがあるが、なかでも直接現場に訪れずに、(安楽椅子に腰掛けたまま)関係者の話をきくだけで事件を解決してしまう探偵のことを安楽椅子探偵という。アガサクリスティのミス・マープルシリーズのように、古くから扱われてきたテーマだ。この『安楽探偵』(小林泰三)も、安楽椅子探偵を扱った作品だが、オーソドックスな安楽椅子探偵ものとは違った、シニカルで少し変わった視点で描かれた作品だった。

 

小林泰三といえば「玩具修理者」などのSFホラーも有名だが、『アリス殺し』などミステリ作品も多い。それも小林泰三ミステリは、本格ミステリのロジックや道具建てを弄びながら書いたような、変な作品が多い印象(変格ミステリというのか)。私はそういう作品が好きなので、個人的に最近はまっている作家である。

『安楽探偵』は、六話からなる連作短編集というかたちになっている。どの話も形式は同じで、探偵の「先生」と語り手の「わたし」が事務所で話しているところに事件の依頼者がやってきて、身に起こったことを説明。最後に「先生」がその場で話を訊いて事件の真相を言い当てるという、古典的な安楽椅子探偵もののパターンである。しかし、まず変なのが、依頼者達は皆、思い込みや恐怖に取り憑かれた奇妙な人たちばかりということ。  

中年男からのファンレターに、雑誌に載った自分の格好を真似した写真が送られてきたという恐怖を語る女性アイドル(第一話「アイドルストーカー」)、相手の存在を消す超能力を持っているという女性(第二話「消去法」)、も食べていないのに太ってしまうという悩みを相談しにきた、ダイエットマニアの女性(第三話「ダイエット」)など。

場所の移動もなく会話だけで進む構造はシンプルだが、どの話も巧妙にミスリードが張られ、意外性のある真相へと着地する。特に、最後の「モリアーティー」でこの本の異常性はクライマックスとなる。探偵の万能性、語り手との関係性など、探偵小説の読者が抱きがちなイメージを逆手にとった作者の企みが待ち構えている。

なかでも、安楽椅子探偵の根本的な前提を突いている点が、個人的にはこの作品の一番の面白ポイントだった。こういう変なミステリを書くから、小林泰三作品はやめられない。

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