昨年の11月、大学時代の廃墟の好きの友人と一緒に、気仙沼へ廃墟巡りに行ってきた。そのメインの目的地のひとつが、こちらの廃ホテルだった。
ホテル望洋。
その名の通り、気仙沼湾の海を望む丘の中腹に建てられた観光ホテルである。
明治期に創業した旅館「望洋館」を前身とし、東京オリンピックの年である1964年(昭和39年)に開業。気仙沼地区で初となる政府登録国際観光旅館だった。

ホテルの前から臨む気仙沼湾。
ホテル望洋は高台に立地するため、東日本大震災の際の津波被害をまぬがれた。震災後の約70日間にわたり、施設を避難所として開放し、被災者を受け入れた。その後の、ボランティアの方がたや復興工事関係者を中心とした客入りで、低迷していた業績は回復してきたという。

白い外壁の5階建ての建物。水兵服のような青白ストライプのオーニング(庇)が、一昔前のシーサイドホテルといった風情で懐かしさを感じさせる。
外壁は汚れてきているが、誰かに荒らされた形跡などはなく、比較的綺麗な状態を保っている。
入り口のあたりには落ち葉などがなく綺麗な状態だったので、まだ管理している人が居るのかもしれない。

2階の庇のある部分は、レストランだったのだろうか。
結婚式なども行っていたというから、このホテルで式を挙げた人もいるのだろう。
ベランダには木が生い茂り始めている。

入り口から見上げた様子。ホテル名を掲げた最上階の展望テラスはホテルのシンボルだ。

ガラス張りの展望台。「ホテル望洋」のフォントもレトロだ。
きっとここから、気仙沼の港を一望できるのだろう。
今ここで誰もいない展望台に上って、海を見下ろしたらどんな気持だろうと想像し、不思議な感覚にとらわれる。
ホテル望洋は被災後に一時的に業績が回復したものの、その後売り上げが減少し、2017年に約7億円の負債を負って破産。閉館となった。そのため、解体されずに今のこのような形で残されている。


こちらの建物の、ホテルの一部のようだ。別館だろうか。


「シーガル」という名前のパブが併設されていたようだ。

古き良き海沿いのリゾートホテルといったデザインで、とても気に入った建築だった。建物自体に、震災の際の貢献を含め、気仙沼の海とともに歩んできた歴史や、様々な物語が詰まっていることを感じさせる。
それが今、穏やかな死のときを迎えて気仙沼湾を見下ろしている。そう思うと、廃墟に行く度におなじみの不思議な感慨にとらわれた。
【参考サイト】
Travel vision 気仙沼のホテル望洋舘が破産開始決定、負債7億円
産経新聞 宮城・気仙沼の「ホテル望洋館」倒産 震災直後に被災者受け入れる
ネットで調べていると、震災後の復興の経緯についてまとめた以下のような11年前の動画もヒットした。かつて泊めたことのあった、自転車で日本縦断をしていた若者達が、震災後にボランティアとして駆けつけてくれたという話だ。震災後の経営者の心境なども語られている。

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