前回のホテル望洋に引き続き、友人と行った気仙沼廃墟巡りの続きである。
気仙沼港のすぐ近くに、スナック店がたくさん集まっていた建物の廃墟が気仙沼にあるらしいという情報をネットで入手し、二つ目の目的地はそちらへと向かった。
気仙沼港は、三陸のリアス式海岸地形に作られた港であり、海岸線近くまで山の斜面が迫りくるような地形になっている。目的地の廃墟に向かうため、近くの駐車できる場所へとナビをセットすると、車は次第に細い坂道に入り込み、お寺や住居の間を上って行く。目的地の付近に車を止めて降りると、緩やかな山の斜面から、気仙沼の港を望む景色が現れた。

奥には気仙沼のシンボリックな吊り橋、気仙沼湾横断橋が見える。東邦句の漁村らしい、風情のある一角だ。
この地域は、港からほど近い太田と呼ばれる地区で、沢地形沿いに民家や建物が密集している。この中に、今回の目的地である廃墟があるらしい。

国土地理院地図より。地図上で赤く囲った部分が今回の探索範囲。

目的地のほうへ歩いていくと、不思議なトンネルが現れた。

複数のトンネルが、一直線に並んで続ている。
これはもともとJR大船渡線で使われていたトンネルで、東日本大震災で被害を受けて気仙沼駅~岩手県の盛駅間が廃線になってからは、BTR(バス高速輸送システム)と呼ばれるバスの専用道路として使われているものである1。
私も昔、盛駅から乗ったことがあるののだけど、鉄道の面影の残るの路線をバスが抜けていくのが新鮮だったことを覚えている。

大船渡線BRT (wikipediaより引用)
話が逸れたが、この大船渡線BRTのトンネルから海のほうへ歩いていくと、次第に風情のある建物が目に飛び込んできた。


こちらは理容室が入っていた建物のようだが、すでに空き家になっている。鎧張りの剥がれかけた板が、時代の経過を感じさせる。

さらに行くと、廃墟のような古い建物がぎっしりと並んでいた。

途端や漆喰の壁でできた建物の列。ほとんどの建物は空き家のようだ。この通り一帯の時間がまるごと泊まっているかのような、異様さを感じさせる光景である。自分たち以外に人の雰囲気はなく、ひと際さみしい空気が漂っている。
あとで知ったのだが、この一帯は太田租界とよばれる遊里であったとの記載がネット上でいくつか見つかった。情報が少なく、郷土資料などにあたらないかぎり、詳細は不明だが、けばけばしさとうら寂しさの同居したこの不思議な感じは、たしかに遊里の跡であると思うと納得のいくものがある。

なかには、このおうな遊郭の建築を思わせるこのような窓の建物も見られた。
ネットで検索していると平成初期に撮られたこの地域の古写真がヒットしたが、歓楽街として栄えている様子がうかがわれた2。今の様子からは想像しがたいが、かつては活気のある港の歓楽街だったのだろう。
古写真⇒
オンライン写真展『紅灯アーカイブス〜色街の残照〜』(宮城県)[19枚、平成3(1991)年〜平成6(1994)年撮影]

空き家の窓には、このような、「エリアリノベーションプロジェクト対象物件」と書かれた張り紙が張られていた。行政のほうで、こうした空き家の密集地域をリノベして、観光客を呼び込もうというプロジェクトがあるようだ3。

気仙沼まちなかエリアビジョンHPより引用
かつて歓楽街として賑わった歴史のある地区である。案外、リノベをおこなったらお洒落なスポットに変貌するポテンシャルはあるのかもしれない。
しかし、この地域は、エリアビジョンという行政の地域おこしプロジェクトの重点地域からは外れているようで、2025年末時点ではご覧のように廃墟然としたうら寂しい通りとなっている。(なお、もう少し海のほうまで降りて行くと、アートギャラリーやカフェなどの新しいテナントが入った建物がいくつかあるらしい。)

昭栄アパート。こちらもレトロなデザインの入口。

空き家の列を抜けると、群を抜いて古そうな建物がみえてきた。読みにくいが、壁面の文字は旧字体で「両国醸造元」と書かれているようだ。
検索してみると、気仙沼の角星という醸造元が両國という日本酒を作っているようで、そのことではないかと思われる。しかし、角星のHPなどにこの建物についての記載などは見つからなかった4。人気のない建物だったので、いまも使っているのかも不明である。

古い生垣が苔むしていて、絵になる風景だ。もしこのエリアのリノベが成功したら、よいフォトスポットになるかもしれない。
すでに見所のある建物がたくさんで思った以上の収穫だが、目的の廃スナックはこの先にある。

歩いていくと、こちらの「しれとこ」というスナックの看板が目に入ってきた。まぎれもない廃墟だ。ここが目的の廃スナックだろう。
廃墟となっているお店はこれだけではなく、右手の封鎖されている入口を覗くと、さらにたくさんのお店が並んでいるのが見えてきた。

スナック絹、スナック花など、複数の店舗がこの廊下に入口を構えていたようだ。
こういう、小さいお店が並ぶ通路はレトロな風情があって良い。
スナックの入った建物は、この隣の建物がメインのようである。

これがスナック街の本体。壁の煤け方と言い、いかにも昭和のスナック街といった風情があふれている。ちなみにこの建物は、「自虐の詩」(2007年公開)など、映画のロケ地にもなったそうである。
「王将飲食街」という名前の建物であり、建物の前面についた「王将」と書かれた大きな将棋の駒型の看板が目を引く。

建物のシンボルである王将の駒は綺麗に残っている。壁の模様も将棋の枡をイメージしているのだろう。

入っていたお店の看板がずらりと並んでいる。このひとつの建物に、少なくとも看板が出ている分だけで15軒入っていたようだから、すごい密集度だ。

側面についた階段の手すりや屋根はボロボロに朽ちている。さすがに上ることはできない。
小さなお店は主に1階に入り、2階に大広間のようになっていたらしい。

こちらはお店の看板。フォントがレトロだ。

看板の文字の一部は、剥がれ落ちていた。
こちらの建物の入口は封鎖されていない。少し中に入って一階の通路の様子を覗いてみた。

昭和を感じさせる光景が広がっている。スナックえっちゃん、高飛車、由美、バーひろみ……。たくさんお店の入口が所せましと並んでおり、お店それぞれの個性でデザインされた扉や看板が並ぶさまがよい味を出している。
今のこの一帯のさびれた様子からすると想像しがたいが、かつてはこのお店たちが賑わっていたのだろう。それぞれのお店にそれぞれの常連がいて、さまざまな物語が繰り広げられていたはずである。
そっとドアノブに触れてみたが、案の定ドアは閉まっていた。不法侵入はしない主義で廃墟探索をやっているので、建物の奥への立ち入りはしないこととした。

こちらは、入口に書かれていた暴力追放の文字。威圧感がすごい。「追」の字が旧字体なのも注目したいポイントだ。
王将飲食街の開業時期は不明だが、2018年ごろにすべてのお店が閉店し、現在のように廃墟化したようである。ネットをみていると、2017年ごろのブログで、一軒だけ(バーひろみ)営業しているお店があったと記載されているものがあった5。少なくとも2017年までは、生きているお店があったということだが、当時もほとんどのお店は閉店し廃墟然とした様子であったことが分かる。

こちらの建物にも、「売ります」と書かれたポスターが張られていた。売りに出された経緯などは不明だが、現在はこの物件も買い手を探してリノベを推進しようとしているらしい。
QRコードの先のサイトはこのような物件サイトである。:https://www.ieichiba.com/project/P202400850
また、他にも2024年に出された当物件の不動産情報が見つかる6。
420万円で売りにだされており、現在はもちろん買い手はついていない状況のようだが、今後名乗りを上げる買い手がいるのだろうか。
かつて歓楽街として賑わった太田地区は、今は廃墟となりその栄華のあとを忍ばせる状態となっている。廃墟マニアとしてはこのまま残っていてほしい気持ちも少しあるが、もし再開発が進みリノベされると、どのようになるのかという点も気になる。この地域の歴史についてもまだまだ謎が多く、興味のつきないエリアであった。
おまけ
気仙沼の中心部(気仙沼街道沿い)にも、古い建物は多い。すでに日が暮れていたなかでの撮影だったが、気仙沼中心部にも寄ってみた。

インディゴ気仙沼という、染め物屋の建物。大正~昭和初期を思わせる石造りのローマ風のファサード。

こいらも石造りの建築。日没後の、街頭の光と相まって雰囲気のある写真となった。
気仙沼街道沿いの景色は、東北の漁村の古い景色が残っていて、独特な空気が漂っている。
今回は、廃墟をメインに、廃れていった東北の港の歓楽街という負の側面を記事にしたが、気仙沼旅行のなかでは、観音崎エリアなど、明るい雰囲気を持つ観光スポットにも訪れた(観音崎エリアは、当記事で紹介した町おこしプロジェクトである、気仙沼まちなかエリアビジョンの重点地域として選ばれている地区でもある)。その様子についても、noteなどでいずれあげようと思う。
参考文献・サイト:

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